正面玄関を出た獄寺は、グラウンドから校門の方へ歩いていく小さな集団を目にして瞬時に眉を曇らせた。
制服を着ているとはいえ、スポーツバッグを持っているとなれば運動部だろう。
グラウンドを使っている部(また部室がある)となるとサッカー部か野球部かテニス部に絞られる。
今グラウンドで柔軟運動をしているのはサッカー部のような気がする。そしてさっきテニスラケットを持った生徒とすれ違った記憶がある。
「……」
獄寺は嫌な予感がしてならなかった。今まさに「お〜、またな山本〜!」という声が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
気のせいだと思いたいのに、集団の中から一人飛び出して、中学生にしてはかなり背の高い少年が尻尾の代わりに手を振って犬のように走ってくる。
「獄寺!」
(やっぱ野球部かよ…)
嫌な予感的中。獄寺はがっくりと項垂れて額を押さえた。
「今から帰るんだろ?俺も部活ミーティングだけでさ、一緒に帰ろうぜ!」
「何でてめぇなんかと一緒に帰らなきゃなんねぇんだよ」
「そんなつれねーこというなって」
無視して歩けば勝手についてきて、さも当然のようにぴったりと右側に並ぶ。
気に入らない人間を隣にして獄寺の眉間の皺が深くなる。綱吉もいないせいか、妙にイライラとしていた。
「なぁ、ツナは?いつも一緒に帰ってんじゃねーの?」
「…残って図書室で調べものをなさるそうだ」
「ふーん」
じっと顔を見つめ、いかにも何か言いたげな山本の相槌に獄寺は眉を顰めた。
「笹川が一緒なんだよ」
「ああ、それでか」
疑問を察してくれたのが嬉しいと言わんばかりに山本の頬が緩む。綱吉抜きで獄寺とまともに話せていることも山本を大きく喜ばせた。
「俺、そういうのってイマイチ気ィ利かねぇんだよな。獄寺はさすがだな」
「…てめぇの気の利かなさはそういうことに限ってじゃねえだろーが」
「ははっ、まぁそうなんだけどな!」
「…」
「俺もさ、今か?って思う時がたまーにあんだけど、意識してやると何かわざとらしくなるっつーかさ」
「おまえ、前頭葉から芽でも出てんじゃねーの」
「???ぜんとうようってなに?獄寺」
(…うぜぇ)
何を言ってもダメージに繋がらない。どうやったら凹んで黙ってくれるかなんて、真剣に考える方が馬鹿らしく思えてくる。
少しでも口を開けば相手はヘラヘラと嬉しそうに笑い、自分はただ胸にイライラが溜まっていく。もう、言葉を発するのも億劫だった。
これ以上山本と話をしたくなくて獄寺はタバコを口に咥えた。慣れた手つきで火をつけてフィルターをきつく吸う。溜まったイライラを吐き出すように長い煙を吐いた。
「獄寺って面白いよな。なんかサッパリハッキリしてるっての?」
「…」
人当たりが良く誰からも好かれ、度量の大きさも相俟って人望も厚い。明るく快濶な彼に構われて嫌な顔をする者はなし、自然とその周りには笑顔が絶えない。
彼の好意を邪険に返しているのは獄寺くらいだろう。
端から好意的だった山本に非を探すのは難しく、彼を知ろうともしない獄寺のそれは殆ど毛嫌いに近かった。
山本の言動、態度、その全てが、気に入らない。
綱吉に甚く信頼され、非常に頼られていることも。山本がそれに見合うだけの実力を持っていることも。また、能天気に何でも受け入れるその軽率さも。
全部全部、気に入らない。
それにしても、と獄寺は呆れた目で彼を一瞥した。
これだけ露骨に嫌悪されれば、次からは接触を控えるのが普通だろう。しかし、綱吉と三人で行動している時もそれ以外でも、個人的な接触は減るどころか増える一方だ。
どれだけ冷たくあしらってもケロリとして、面白いなどと笑ってちっとも懲りた様子がない。
(全く、意味わかんねぇ野郎だぜ…)
どこかに取扱説明書はないのかと本気で思ってしまう。
元凶がまだ傍にいるだけに一服しても少しもイライラが解消しない。溜息を吐いた獄寺は短くなったタバコを道端に放り捨てた。
「おーい獄寺、待てよ」
「あァ?」
呼ばれて振り返ると、道端にしゃがみ込んだ山本がさっき放り捨てた吸殻を拾い上げていた。
「タバコ吸うんならさ、吸殻くらいちゃんとゴミ箱に捨てよーぜ?」
彼独特の嫌味ない口調でそう言った山本は、近くにあった自販機横のゴミ箱に吸殻を放って「愛煙家のマナーじゃね?」と、屈託なく笑った。
「…」
(吸殻をペットボトル専用のゴミ箱に捨てる奴に言われたくねぇ…)
確かに非があるのは自分なわけで、だから揚げ足を取って言い返す気もないが、かといって彼の注意に頷くなんて冗談じゃない。
(つーか、マジでウゼェ)
腹の底から深い溜息が出る。もう限界だった。
「おい」
「ん?」
獄寺は山本を睨み上げた。黒茶色の瞳がきょとんとする。
「何でいちいちオレに構う?」
「なんでって…、面白れぇから」
お約束の言葉にカチンとくる。この少年からは馬鹿の一つ覚えのようにこの言葉しか出てこない。
「オレ、おまえのことスゲェ嫌いなんだけど」
面と向かって改めて告げると、山本は眉を下げて笑った。
「知ってる、でも俺は獄寺のことすげー好きだぜ?」
ずるっと、カバンの取っ手が肩からずれる。獄寺は脱力した。口から魂が出そうだ。
嫌い、うざいと言い続け、山本にいい顔をした記憶なんて一度だってない。
何が楽しくてこんな敵意丸出しの人間を好きだなんていうのか、獄寺は理解に苦しんだ。
「…ダチ作りてぇんなら他当たれ、迷惑なんだよ」
「あれ、ダチじゃねーの俺ら?いつも一緒にメシ食ったりしてんじゃん」
「アレは10代目がいらっしゃるから仕方なくだ、てめぇなんざダチでもなんでもねえよ」
「んな冷たいこと言うなよ、別にいいじゃねーか」
全く懲りずに馴れ馴れしく肩を組んでくる少年にカッとなる。獄寺は彼の腕を振り払って声を荒げた。
「全然良くねぇッ!!迷惑だっつってんだろ!?大体」
ドンッ!と、まだ近い山本の身体を強く突き飛ばす。
「そんだけ社交的でイイ性格してりゃダチなんざ他にいくらでも出来るだろーがッ!別にオレじゃなくてもよ!!」
いつになく苛立ちを露わにされて山本は少し戸惑ったように頬を掻いたが、すぐに何かを考え込むように目線を落として軽く腕を組み始めた。
「社交的でイイ性格…?そうか?うーん、まぁ、端から見りゃそうかもしんねーけど」
「……」
彼らしからぬ陰な言葉に獄寺は眉を顰めた。
「俺、結構ヤな性格してるぜ?」
そう言って笑った山本の笑顔がどことなく寂しげで獄寺は口を引き垂れた。おそらく滅多には出さないだろうその頼りない表情。
(なんで、そんなことをオレに言う)
妙な空気に呑まれそうになって、獄寺はぎゅっと拳を握った。
「知らねぇよ、んなこたぁ…おまえのことなんざどうでもいいんだよ!オレが知りたいのは」
山本のことなんて何も知りたくない。良い面も悪い面もどうだっていい。突き放すように人差し指を突きつける。
「どうしたらおまえがオレを構わなくなるか、だ!」
獄寺の細い指先を見つめた山本が、ふっと小さな笑みを零した。その表情に彼らしさが戻る。
そうだなぁ、と言った山本が答えを出すまでに掛かった時間はそう長くなかった。
「獄寺が俺にすげぇ優しくなったら、かな」
うん、と出した答えに改めて頷いた山本がニッと笑う。絶望的な選択肢に獄寺は青ざめた。
「有り得ねぇだろ」
「だよな!」
その呟きに山本は満足気に笑んだ。…と、そこで獄寺の頭に奇妙な疑問が浮かぶ。
(すげぇ優しくなったら、構わなくなる?)
不思議な答えだ。友達になるならそこに優しさは付きものじゃないのか。考える程に疑問は深まっていく。
「ちょっと待て…なんだ?おまえ、優しくされたいのかされたくないのかどっちだ?」
問われて、山本は少し首を傾げた。
「んー?優しくされたいとかより、仲良くなりたいんだって」
(話通じねぇ…)
質問に対して何一つまともな答えが返ってこない。獄寺は額を押さえて小さく溜息を吐いた。
一つ解ったこと。要するに彼は散々冷たくあしらわれていながら尚、別に優しくしてはいらないと、そう言っているのだ。
「おまえ、マゾじゃねえの」
「はははっ、やっぱ獄寺ってイイよな」
「…もういい、もうしゃべるな。なんか疲れる」
獄寺が歩き出すと、大きな身体がまたぴったりと右側に並んだ。詰られた後だというのに、その顔がやけに嬉しそうに見えて獄寺は呆れてしまう。
大通りを行く途中、歩みを止めた山本が路地を指差した。
「あ、俺こっち。なぁ獄寺、うちでメシ食って行かねえ?」
「行かねぇよ、帰る」
にべもなく背を向けて歩いていく獄寺に、山本は残念そうに眉を下げた。
「そっか、また気が向いたらいつでも来いよな。じゃあ、また明日な!」
声を背中で聞いた後、獄寺は後ろを振り返った。
しゃんとして姿勢の良い大きな背中。黒い短髪がサラサラと揺れている。一見、どこにでもいる普通の少年だ。
でも、普通ではない。あの小さな家庭教師の言うように、実力だけなら、認めざるを得ない見所が山本には確かにあるのだ。その性格や生き様からして一番そぐわない位置にいながら、だ。明らかにこちら側の人間ではない。それなのに。
こちらの事を知ろうともしなければ理解もできないくせに、遊び半分で当然のように関わってくるのだ。だからだろう、彼に対して余計に気が立ってしまうのは。
「山本」
気に入らないのに変わりはない。これからだって馴れ合うつもりはない。けれど、どうしても気になることがある。
振り返った山本は、獄寺に呼ばれたことに驚いて少し目を丸くしていた。
「…おまえ、オレの何がいいんだ?」
イタリアにいた頃から人付き合いは苦手だった。生粋でない血や若さのせいで、どこにも認められず拒絶され続けているうちに、自身も人を拒絶することを覚えた。闇の世界で生きるなら自然と衝突も多くなり、自ずと気性も荒くなる。やがて悪童と呼ばれ、人が寄り付かなくなる。そしてそれに慣れて以来、ずっと孤独を貫いてきた。
碌な人間関係を築いてこなかった自分に、度重なる手酷い拒絶に甘んじてまで付き合おうとするほどの魅力があるとはとても思えなかった。
山本はよく『面白い』と零す。だがそれは変わり者に対しての無難な賛辞だろう。
だから、山本の口からは何も出てこないと思っていた。
「自分にすげぇ正直で」
獄寺は耳を疑った。夕陽を浴びた黒茶色の瞳が、真っ直ぐに獄寺の目を見つめて笑んでいる。
「遠慮のないところ、だな…それから」
「…まだあんのかよ」
どこか呆れながらも、嘘を言うような奴ではない、と安堵して。
自分でも気付かないうちに頬に浮かでしまった微かな笑みが―――
「笑ったらすっげぇ可愛いとこだな!」
―――瞬時に引き攣った。
「ん?どした?」
「〜〜〜ッ」
かつてこれほどまでに期待を裏切られたことがあっただろうか。嬉しさに気を緩め、一瞬でもそれを顔に出してしまいそうになった恥ずかしさでカァッと頭に血が上った。
「何が可愛いだ!果てろ!!てめぇなんか嫌いだ!!」
激昂されても何のその。無邪気にも、火に油を注ぐように山本はぱぁっと顔を輝かせた。
「お〜、『大』が取れたんじゃね!?」
カッチーン。返した踵をピタリと止めて、目一杯に息を吸い込んだ獄寺は再び彼を振り返った。
「てめぇなんか『大』ッッ嫌いだッ!!」
有りっ丈の声で、夕暮れの街に容赦なく響き渡った最悪の告白。…それでも。
「ああ、知ってる」
そう言って、山本は嬉しそうに笑った。
(2007/09/09 up)
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