「…肉じゃが?」
「あれ、一品もんにあったっけ?」
「いんや、品書きにはねぇよ」
 品書きを探す息子に剛はニッと笑った。
「今朝、お隣さんから新じゃがを分けてもらってよ。これが今の時期にしちゃ珍しくえれぇ小粒でいい色しててなぁ。薄皮のまま炒めてやってから肉じゃがにしてみたんだが…良かったら適当につまんでくれな」
 弁当で肉じゃがは今までにも何度か食べたことはあるが、皮がついたままのものなんて見たことがなくて獄寺は訝しげに小芋を箸で突いた。
「んー、オヤジ、超うまい!」
 山本の声に釣られて一口食べてみた獄寺は開眼した。控えめで上品な味付けにパリッと炒めた薄皮の香ばしさが際立つ。皮の食感も好ましくて獄寺は思わず唸った。こんなに美味い肉じゃがは食べたことがない。
「すげぇうめぇ…」
 あまりの美味さに山本の家で飯を食うのはいいかもしれないなんて、現金なことを考えてしまう。
「そいつぁ良かった!」
 嬉しそうに笑って剛は鯛の握りを置いた。
「獄寺君は夏休み、どっかに出かけたりすんのかい?」
「え?…いえ、特に予定は」
「じゃあまた皆でどっか行く計画立てよーぜ!」
「武はその前に宿題終わらせねぇとなぁ」
「まだ全然やってねえなー」
 参ったと眉を下げて山本が笑う。獄寺は軽く安堵の息を吐いた。取り留めのない世間話は苦手だが、適当に話は流れていく。突っ込んで聞かれることがなければ楽なものだった。
「獄寺は?宿題やってんの?」
「終わった」
 …あぁ、あと自由研究があるか、と思ったがどうでもいいから言わなかった。山本が驚いて声を上げる。
「終わった!?あの大量のプリント全部?問題集も?」
「暇潰しにもならねえよ、あんなもん」
 綱吉の補習授業を待っている間の時間潰しは5日であっさりと底を尽きた。図書室の本の方がよっぽどいい時間潰しになる。
 物ともしない獄寺の言葉に剛が豪快に笑う。
「ハハ!てぇしたもんだ!武も見習わねぇとな!」
「獄寺はすげー頭いいからだって、俺だってパパッと出来るもんならやりてーよ」
 カウンターに額を着いて山本が嘆いた。勉強はからきし苦手な息子に弱った笑みを浮かべながら、剛がハマチの握りを置いてやる。
「今の学校の勉強は難しいみてぇだなぁ。武は今日も補習だったんだろ?」
「んー、何か補習多いのな俺」
 苦笑いを浮かべる山本に獄寺は冷めた視線を送った。山本はやれば出来るのを知っている。補習がなければそれだけ野球も出来るだろうに、その原因を思えば山本の補習は本当に馬鹿らしい。
「おまえは授業中に寝てっからだろ」
「!」
 ぎょっとして山本が青ざめる。
「前なんか鼻ピーピー鳴らして」
「ちょ、タンマ!獄寺!」
 カラン。ショックのあまり剛の手から庖丁が離れた。
「武おまえ、授業中に寝てんのか…」
「いや…まぁ、たまーに」
 最後に、笑ってごまかそうとする山本の退路を断ってやる。
「起きてる方が珍しいよな?」 
「…ごくでら、まじで勘弁してくんね?」
 声を落としての懇願を見れば、親父には相当弱いらしいことがわかる。だからこそ遣り甲斐もあると獄寺は口角を上げた。山本をいじめるのはやはり楽しい。
「あん?事実を言ったまでだろ。毎時間机に突っ伏して寝てんじゃねーか」
「へえ、獄寺って授業中すげぇ俺のこと見てくれてんのな?」
 余裕を装って笑う山本の切り返しに、獄寺の口角が引き攣った。
「武、父ちゃんは前から考えてたんだけどよ…学校の勉強についていけねぇんなら、やっぱり塾か家庭教師か、なんかやった方がいいんじゃねえか?ツナ君とこも家庭教師がいるっていうじゃねえか」
「ひ、必要ねえって、ちゃんと勉強すっからさ!」
「…そうか?そういうんならきつくは言わねぇけどよ。野球やんのもいいけど、勉強も忘れんなよ?」
「わーってるって」
 そこで親子は、同じ顔でニッと笑い合った。
(え、終わりかよ!?)
 せっかく波を立ててやったというのにあっさりとおさまってしまった。ぬる過ぎる親だぜ、と半眼になった獄寺は息子の馬鹿っぷりに(どうりで)と納得した。
「ほぃ!今日は天然のいいカンパチが入っててなぁ、さ、食ってくんな!」
 置かれた寿司をさっそく口に入れる。脂のうまみが広がって尚、すっきりとした後味がとてもいい。旬で天然の高級魚に舌鼓を打って少年達は唸った。
 サッパリして美味いだろ?と嬉しそうに笑って、剛は持ち帰り用の折り箱を取り出した。
「獄寺君、お家の人に寿司持って帰りな?お客さんが来ねぇうちに手土産に用意するからよ」
 御家族は何人だい?と訊ねる剛に獄寺の動きが止まる。
「あ…いや、オレは」
「なぁに、遠慮はいらねえよ」
 そうじゃなくて、と考えるも咄嗟には適当な言い訳が見つからない。
「一人暮らし、なんで」
(馬鹿かオレは)
 何をバカ正直に、と獄寺は額を押さえた。身内は生魚が苦手だからとか、今更になって適当な嘘が頭に浮かんでくる。この歳で一人暮らしなんて、ワケ有りな家庭事情を仄めかせばどうぞ突っ込んで訊いてくださいと言っているようなものだ。まして世話好きそうなこの親父ならば尚更…
「そうか、なら仕方ねぇやな」
 残念そうに眉を下げて、剛は入れ物を片付けた。
「一人暮らしっつったらメシとか大変だろ?自炊してんのかい?」
「…まぁ、適当に」
 嘘を吐いてかわす。さすがに家のことまでは訊いてこねぇか、と少しホッとして獄寺は寿司を頬張った。
「獄寺は料理出来ねぇよな?」
 平然とした顔で茶を啜りながら、突然嘘をバラしだした山本にぎょっとする。
「最近なんかメシの量も減ってる気がすっし、よく頭痛いっつってるよなぁ。前も熱出してたし」
「そりゃあいけねぇなぁ」
 見えぬカウンターの下で、山本の足にガン!と蹴りが入る。
「オイ…」
「俺は、事実を言ったまでだぜ?」
 仕返しを遂げた山本がニッと笑う。これも負けず嫌いな性格の表れか。してやったりな笑顔が憎らしい。
(野郎…、いい性格してんじゃねーか)
「一人暮らししてんなら料理は出来といた方がいいわな。昔から料理の出来る男ってのは女の子にモテるもんでよ、おいちゃんも若ぇ頃はそりゃあもう」
「オヤジ、マグロ握って」
「武よ、父ちゃんの話を聞け」
 料理の出来る男は女にモテる。そういやシャマルもそんなことを言ってたなと思い出す。女に好かれるためなら努力を惜しまないシャマルは、あれでいて意外に料理が上手かったりする。
『隼人、おまえちゃんと自炊してんのか?』
『自己管理もできねえのに一人暮らしなんかすんなよ』
 シャマルの声が脳裏を過ぎる。確かに、自炊も出来なくて何が右腕だと思わなくもない。出来るに超したことはないのもわかっているが、如何せん、道具もなければ基本さえも知らない。飯など断然買った方が早いし美味いことを考えれば、やる気も起こらないというものだ。
「獄寺君、おいちゃんが教えてやろうか」
「え?」
 剛の提案に獄寺は耳を疑った。
「宿題も終わらしちまって暇してんだろ?どうだい、休み中に料理の勉強ってのは。一人暮らししてんなら覚えといて絶対ぇ損はねぇもんだ。ここぞって時にチャチャっと美味いもん作れたら格好もつくぜ?」
「…」
 まぁ、確かにその通りだ。
 例えば。目の前の肉じゃがを突きながら獄寺は考える。
 いつの日か綱吉もボンゴレ10代目として、イタリアの本部を拠点に日本を離れる日がくるだろう。密かに郷愁にかられるボスに、ここぞと、この肉じゃがほど美味い日本料理をそっと差し出したとする。
『ここへ来てこんなに美味しい肉じゃがを味わえるとは思ってなかったよ、ありがとう獄寺君…君という素晴らしい部下を持ってオレはなんて幸せなんだろう』
『見直したぞ獄寺。さすがはツナの右腕だな』
 そんなリボーンの声まで聞こえてくるようだ。自分の未来妄想にちょっと感動する。
 …来たる未来に、そんな1ページを用意しておくのも悪くはない。
(いや、でもちょっと待て)
 ハッと我に返って獄寺は冷静に考えた。
(だからってこのオッサンに教わるってのはおかしいだろ)
 そう、オカシイ。この肉じゃがを見れば料理の腕は確かだが、いくらなんでもそれは―――
「おいおいオヤジ無茶言うなって、獄寺は皿洗いも出来ねえんだぜ?料理なんて」
「やる」
「え?」
(野球バカにこれ以上馬鹿にされて堪るか)
 獄寺の中で、ブチっと何かがキレる音がした。目を丸くして絶句する山本をジロリと睨み据える。返事を聞いた剛がニッと口の端を上げた。
「やるかい?そうこなくっちゃな!」
「…代わりに、山本の勉強みますんで」
(オッサンに借りは作らねぇ)
「おぉ!そいつぁ有り難てぇ!良かったなぁ武!」
「え…、え?」
 ごくでら、マジで?
 困惑する山本を置いて、話はトントン拍子に決まっていく。

 一度言ったら引けぬが男の世界。勢いとはさても恐ろしい。
 冷静になった獄寺が激しく後悔をしたのは、腹も満ちた帰り道のことだった。



(2007/10/14 up)


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