※「個人レッスン」の3日後…くらいのお話です。





 その日、山本に奇跡が舞い降りた。
 夏休み中の部活動。お昼の休憩時間になって部室に戻った山本は、昼食を取り始める仲間達と少し離れてベンチの隅っこに座ると、恐る恐る茶色い紙袋を開けた。
 そして中にあるサランラップに包まれた物体を凝視して2分間、自分の身に起きた事を必死に理解しようとした。
(やっぱりこれってアレだよな…アレ以外ないよな?)
 え、本当に?事実を目にしても何度だって疑ってしまう。だって、こんな事があるはずがない。 
「山本〜、並牛買ってきてやったぜ、ホラ!」
 ひゅっと放られたパックの並盛牛乳はゴッ!と山本の側頭部に命中してベンチに転がった。
「うわっ、わ、悪い山本!いつものくせで!」
 癖となるのはいつもはそれで山本がちゃんとキャッチするからだ。俯いて微動だにしない山本は、紙袋の中を見つめたまま呆然として呟いた。
「痛てぇ……ってことは、夢じゃねえんだな」
「だ、大丈夫か?」
「うん…たぶん、大丈夫」
「…」

 奇跡は、部活に行く途中に掛かってきた一本の電話から始まった。
 鳴り響く携帯を開いてみると画面には何と『獄寺』の文字。
 一生掛かってくることはなんじゃないかと思われたその名に度肝を抜かれて慌てて出ると、挨拶をする間もなく「もう学校に着いてんのか?」と愛想の欠片もない声が聞こえた。
 ばくばくと鳴る心臓を押さえながら、まだ通学路にいると言って大体の場所を伝えると、獄寺は「なら、ちょっとうちに寄れ」と言ってあっさりと電話を切った。
 パタン、と携帯を閉じた山本に全力疾走のスイッチが入る。
 そこから獄寺宅までおよそ900mの距離を、信号やマンションの階段(5階分)を含めて約2分という陸上選手もびっくりな驚異的記録で駆け抜けた山本は、大きく肩で息をしながら獄寺宅のベルを押した。
 「おまえ、早すぎるだろ…」と、開いたドアから煙草を咥えた獄寺が現れる。酸素が激しく欲しい時に紫煙の香りは少しきつかった。
 全力で走ってきたと言わんばかりに息を切らし、汗だくになって顔を赤くしている山本を呆れた目で見上げ、獄寺はズイっと腕を前に伸ばした。その手に持っていたのは茶色い紙袋だ。
 差し出された袋を受け取った山本が、何コレ?と訊こうとするのを、低い声がぴしゃりと遮る。 
「なにも訊くな。昼に食って処分しろ」

 ギィ、バタン、ガチャ(鍵)
 面会時間、15秒。

(え、そんだけ!?)
 それでも、朝から顔も見れて声も聞けて最高に幸せだったけれど。しかも驚く事にプレゼント付きで。
(食いモノ?何だろ…)
「なんかわかんねぇど、ありがとうな!?」
 獄寺に聞こえるように、山本はドア越しに大きな声で礼を言った。
 
 そして、現在。
 山本は、紙袋からラップに包まれたパンを一つ取り出した。白いパンに、レタスとハム、そして少し焦げた卵が大量に挟まっている。
(なんか、卵の厚みが半端じゃねえけど)
 ごくりと喉を鳴らす。
 かなり不細工だがサンドイッチだ。まごうことなきサンドイッチだ。
 獄寺の、確率1%の気まぐれがミラクルに発動した。本当に、気まぐれってものすごく心臓に悪い。
 まさか、こんなラブラブのカレカノ状態を髣髴をさせるような出来事が起ってくれようとは脳味噌の片隅にも思わなかった。
 今年の下半期はまだ始まったばかりだが、山本の中のハプニング・サプライズ・インパクトの3部門ノミネートはもう間違いない。
 夏真っ盛りだけど明日は雪か雹が降るんじゃなかろうか。いや本当に、大きく天気が崩れてもおかしくないくらいの変事だ。

「今日昼過ぎから雨降るらしいぜ?」
「え〜、マジかよー傘持ってきてねえよ〜」

 ほらな?山本は一人納得する。
 それ、ただの雨じゃねえから気をつけてな。きっと暴風雨。

 同じ手料理といえども夕食の時とはわけが違う。これは間違いなく、山本へと特別に用意されたものなのだ。
(ちょっと食うの勿体ねぇけど)
 いただきますと、サンドイッチに一礼をして、ぱくっと一口齧ってみる。
 サンドイッチ用のパンではないので少々厚いが、柔らかいのでそれほど違和感はない。味付けはマヨネーズと塩のようだ。
 もぐもぐと咀嚼するほどに山本は小刻みに震えた。感動のあまりにではなく、笑いを堪えるあまりにだ。
 一瞬にして気まぐれの謎が解けていく。
(…すげぇ出し巻きの味がすんだけど)
 種が解ればなんて事はない。処分しろ、という言葉に妙に納得する。
(んー、でも、結構イケる…うまい)
 もぐもぐと味わいながら、一種類だけ妙に厚く挟まれたサンドイッチの具を見つめて
(努力家なのなー、可愛いなー)
 などと考えて頬を緩ませる。一人、家で悪戦苦闘しながら練習したのであろう彼が目に浮かぶようだ。
 大量に作りすぎて一人で食べるのにも限界があったんだろうことも。

(役得ってヤツ?)

 失敗作や残り物は全部山本へ。獄寺の中ではそんな図式が完成しているに違いない。
 何でもいい、獄寺が作ったものなら大歓迎だ。
(『出し巻きサンド』…うん、いいんじゃね?)
 勝手に命名してにやにやと笑う。こんな勢いに任せた強引な手料理、口に出来るのはきっと自分だけだ。
 食べ終わったら、『超うまかった!』とメールを打とう。
 返信なんて絶対来ないのはわかってる。一方通行だって全然構わない。

 サンドイッチと一緒に幸せも噛み締めながら、山本は束の間のカレカノ気分を味わった。



(拍手お礼文・2007/10/25 up)


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