居間の四角い食卓に夕食がずらりと並べられた。歪なキャベツの千切りを添えた豚肉の生姜焼き、大根と玉葱の味噌汁、ごはんと漬物、最後に出し巻き卵だ。
おかずは漬物以外、基本的に獄寺が作ったといって良かった。自力でやる事が大切だからと、調理が始まってからは作り方やアドバイスはしても剛は極力手を出さなかったからだ。
『失敗したって構やしねえさ。味はおいちゃんが何とでも直してやるし、多少焦げようが武が全部食ってくれっからよ』
失敗しても山本が食うなら大丈夫だなと頷いて、獄寺は遠慮なく菜箸を握った。剛の監督下で作った結果、味噌汁と生姜焼きは初めてにしては驚くほど上手く完成した。味噌を入れるタイミング、焼き加減、味付けの加減など、うんちくを交えながらの注意点を念頭にアドバイス通りに作ればさして難しいものではなかったからだろう。
「…オイ」
だが問題は出し巻き卵だった。焼くのに相当なテクニックを要するこの一品だけは、さすがに技量の無さが表れてしまった。
「あ、はは…はははは…ひー、ひひひ」
笑いも、臨界点を突破すると気持ち悪い声が出るらしい。堪えるあまり、ぷるぷると小刻みに震えている山本の持つ箸には、獄寺の焼いた出し巻き卵の縁が摘まれていた。
「おまえ、いい加減にしねぇと」
「あははははははは!!!」
「マジぶっ殺すぞてめぇ!!!」
カラン、と箸を手放した山本は食卓に伏して腹を押さえた。
「ご、ごくでら俺…腹筋が、すげぇ痛い…崩壊、しそう」
「そのまま死ね!!」
赤絨毯ならぬ卵の絨毯よろしく、持った瞬間にゴロゴロと2回転して広がったそれは寧ろ奇跡的だった。
「だ、出し巻きって…焼いてから巻くんだっけ」
途中から焼きあがった卵を巻きつけたそれを見ればそう言われても仕方がないだろう。もちろん焼けすぎた卵は見目も悪い。味付けが良いことだけがまだ救いだった。
焼きのりみたいにごはんに巻いて食えんじゃね?と白いごはんに被せて試しているのを見て、獄寺は溜息を吐いた。
(盲点だぜ…)
山本に食べさせるということは、その失敗作を見せなければならないということだ。当然、今回のように爆笑されることもあるわけで。
『失敗はしなきゃならねえよ、失敗から学ぶことのが大きいからな』
そうは言われても、獄寺にとってはかなり屈辱的だ。道具を買って家で練習してやろうかと真剣に悩んでしまう。
味噌汁を啜り始めた山本に獄寺はジッと目を据えた。気付いた山本がお椀から口を離す。
「ん?」
「…どうだよ、それ」
ああ、と相槌を打って山本は椀の縁で箸の水滴を切った。
「んー、ちょっと濃いかな、辛いってわけじゃねえけど……そっか、これも獄寺が作ったのか」
自分でも改めて飲んでみて獄寺は少し首を傾げた。
(ちょっと濃い、か……けどこれ以上薄くしたら物足りねぇんじゃねえのか)
眉を寄せて考えていると、タン、と食卓に空になった椀が置かれた。
「…」
「うん、うまい、すげぇうまい!具だくさんで!」
うまいってんなら味わって飲めよと思いながら、山本の言葉に獄寺は眉を顰めた。
「世辞なんかいらねぇよ、濃かったんだろ」
「でもうまいんだって。なぁ、まだおかわりある?」
(まだ飲む気かよ)
嬉しそうに笑う山本に呆れながら、獄寺は箸で厨房を指した。
山本への個人授業は宿題を中心に考えられていた。
獄寺が厨房にいる間に山本が宿題を進める。夕食後、山本が後片付けをしている間に獄寺がチェックをする。後片付けが終われば、間違い箇所の指摘から白紙部分の問題の解き方などを教えていく。
夏休みが終わる頃には、山本も出来る頭になっているだろう。
ごちそうさまでした!と満足気に手を合わせた山本の声で夕食が終わる。食器を片付けようと盆を手に取ると、盆の縁を獄寺に掴まれて山本はきょとんとした。
「待て。その前に携帯出せ」
「え、なんで?…あ、もしかして登録し」
「アホか、さっき撮ったのを消すんだよ!!山本のくせにカメラ付きの携帯なんか持ちやがって」
『くせに』ってひでぇなぁ、と苦笑いをして山本が携帯を取り出す。
「俺も持ってても部活の連絡にしか使ってねぇけど…」
携帯を出しても獄寺に渡すわけもなく。…とくれば、山本の目的はただ一つだった。
「なぁ、それより番号交換しよーぜ?」
「無理」
即答のナイフが山本の胸を突き刺す。
「な、なんで」
「メモリーの無駄遣いだ」
その言葉に「も〜また」と山本が悪気もなく笑う。
「無駄遣いったって獄寺、どうせメモリー空きまくってんだろ?一件くらいいいじゃねーか」
ドスッと、今度は獄寺の胸に言葉のナイフが突き刺さる。積極的に他者と関わろうとしないことから自然と予想されたそれは見事に的中した。
(この野郎…やっぱ嫌いだぜ)
悪気は無いのがわかるだけに余計に性質が悪い。
「交換してたらどっかで絶対役に立つって…あれ、そういや登録ってどうやってすんだっけ」
説明書どこ置いたっけ、と探す山本に獄寺は手を伸ばした。
「…貸せよ、やってやる」
「おお、やった」
登録してもらえると純粋に喜んで、何の疑いも無く山本は携帯を手渡した。
アホが。心の中で呟いて獄寺は折りたたみ携帯を開いた。機種は違えど大体の操作は解る。メニューを開いてデータフォルダを探す。
(くそ、どこだ………あった、よし……消去、っと)
自分の写メを消した後、そのまま返そうと思って獄寺は一考した。
(あとでぎゃんぎゃん言われてもうるせーからな…しょーがねえ)
ふう、と息を吐いて苗字と番号を登録した後、「ほらよ」と山本へと放り返した。
「へへ、ありがとうな!じゃあ俺の番号…」
「オレはいい」
ツンとそっぽを向いた獄寺が宿題のチェックを始める。シーンと静かな空気が漂う中、山本は真顔で言った。
「獄寺さ、そんなんだからメモリー少ないん」
「ああああああもううっせえな!!!登録すりゃあいいんだろ!!!」
さっさと番号言え!!と勢いよく携帯を開いた獄寺に、パッと表情を明るくして山本がウキウキと番号を伝える。
「終わったら教えてな、一回掛けっから」
「…」
獄寺の着信画面に自分の名が出るんだと思うと、山本は嬉しくて仕方なかった。
獄寺はフルネーム派だろうか。それとも苗字だけだろうか。いや、もしかしたら彼なりの愛称で入れてくれてたりするのかもしれない。
乱暴にダン!と食卓に携帯が置かれ、山本はドキドキしながら電話帳から獄寺の名前を探して携帯を鳴らした。
ヴィーン、ヴィーン、とバイブで震える携帯を、期待いっぱいに開いてみる。
着信 : 出なくていい
「ごくでらぁッ!!!」
これはなくね!?
喚く山本に「うるせぇ」と言って、獄寺は指でギュッと耳に栓をした。
(2007/10/21 up)
back