「…」
 やはり心配は杞憂ではなかったのだと山本は眉を下げた。平静な態度の裏で、獄寺はずっと困っていたのだ。考えて、悩んで、自ずと表情も重くなって…自分も経験したことだからよく解る。
 けれど、不謹慎だがそれほどに考えていてくれたのはかなり嬉しいなどと思ってしまう。そしてその言葉の意味も。
「獄寺は…今の状態で俺と一緒にいたり話したりすんのは嫌?」
 問うた後、少し長い沈黙が流れた。短くなった煙草を消した後、薄く開いた唇が何と言おうかと逡巡を繰り返し、やがて獄寺は諦めたように最後に軽く息を吐いた。
「…嫌なら、話はもっと早いだろ」
 安堵して、山本は小さく笑んだ。とはいえ口に出したくらいなのだから、本当はちょっと嫌気が差しているのかもしれないけれど。
「ならさ、何の解決にもなんなくてわりぃんだけど…今はこのままでいてくんねぇか?俺、おまえに好きだの何だの言うのは変わんねぇけど、だからって答えが欲しいとは言わねえから」
「…マジで、何の解決にもなってねぇな」
 どうしていいかわからない。
 驚くべき言葉だと思う。心境を表したその言葉は、前向きに考えたなら『OK』を選ぶ余地が少しでもあるということだ。
(俺の作戦は間違ってなかった、ってことだよな)
 『口説いて少しずつ慣れてもらおう作戦』は確実に効いている。獄寺は思ったより『慣れ』に弱いようだ。
「でも今で答えが出ねえんじゃそうするしかねえし…それに、考えてもどうにもなんねーことは時間が解決してくれるってこともあるしさ」
「…」
 焦ってはいけない。山本は自分に何度も言い聞かせる。可能性を見ても、彼の手を掴んで無理に引っ張り込むようなことはしてはいけないのだ。
 自分が望んでいるのは普通の関係ではない。強引に流れを変えたり形に嵌めようとすれば当然の如く反発が起こってしまう。だから。
「俺さ、それ今すげぇ実感してんだよな」
 今は時間の力を借りながら、また少しずつ、今以上に状況に慣れてもらうのが一番なのだろう。 
「獄寺をマジで好きなんだって判った時な、俺…おもっきり殴られた後だったし、そんなこと言ったら軽蔑されて終わりだって目の前が真っ暗んなっててさ。でも時間が経って状況が変わって、告ったり色々あったけど…でも今、獄寺は一緒にいてくれるし」
 ひどく困らせてはいるけれど。嫌ではないというだけで今は御の字だ。
「俺にとって、それってほんとにすげぇことでさ」
「…今度は逆に悪い結果がでるかもな」
「まぁ、そうなった時はマジでダメなんだろうけど…それなら今急いで答え出してもらってもいい結果が出るとは思えねえし」
 もちろん、最悪の結果も考えていないわけではない。結局はダメだった、ということも十分有り得るしその覚悟もしている。
「でも今はダメでも5年後、10年後なら良い答えがでるかもしれねえじゃん」
「…待て、おまえ」
 獄寺は呆れた顔で山本を見た。
「なんだその5年、10年って…口説いてダメなら納得するんじゃなかったのか?」
「あ、例えばの話。俺はそのくらい待つ覚悟もしてんの」
「…」
 難しい顔で視線を落として、獄寺はまた新しい煙草を咥えた。
「時間が経てば状況も変わる、か」
 火をつけながら吸い込んだ最初の煙を軽く吐き出す、その一連の動作に山本が見惚れていると、煙草を挟んだ指がふいに見惚れる視線を遮った。
「…そうなればおまえのほうが考え直すかもな」
「え?」
 何の話かと、きょとんとする山本に獄寺は問う。
「なぁ……おまえは、オレの夢がなんだかわかるか?」
「獄寺の?」
「おまえと同じように、オレにもこれだけは譲れねえって夢があんだよ」

(譲れない、夢?)

 これってすげぇ大事な話だよな?と腕を組んで真剣に考える。今までに獄寺の夢を聞いた覚えはないはずだが、わかるか?と問うくらいなのだからそのヒントはどこかに転がっているのだろう。同じ状況で獄寺は自分の夢を言い当ててくれたのだ、ここで自分が外すわけにはいかない。
 うーんと唸ってたっぷり考えた後、(これかな…これしかねえよな)と山本は真剣に答えた。
「花火職人」
 獄寺の双眸が一気に絶対零度にまで下がった。死ねよ、と発してもいない声まで聞こえてきた気がする。山本は青ざめた。
「え、違う!?ご、ごめん!!…えっと、じゃあ…なんだ…ええと……あ、料理人?」
「…もういい」
 獄寺は盛大な溜め息を吐いた。山本の背に嫌な冷や汗が流れる。
(マズイ、最悪だ…俺すげぇ大事なとこで外したんじゃ…)
 頗る機嫌が悪くなってしまった獄寺は、眉間に深い皺を刻んだまま淡々と正解を述べた。

「オレの夢は、マフィアのボスの―――10代目の右腕になることだ」

 え?と山本の目が驚きに見開かれる。獄寺の言う10代目とは綱吉のことだ。彼の右腕になるとは確かに聞いた事はあるけれど。 
「マフィアって、あのごっこ遊びのことだよな?」
 いつまで経っても学ばないその返答に、心底カチンときた獄寺が拳を振り上げた。
「テメェ、人の夢をごっこ遊びで片付けてんじゃねえよ!」
「…ッ!」
 怒声と共に横に振られた拳が山本の二の腕を強打した。逆鱗に触れたのか、機嫌の悪さも相俟って相当キレたらしい。隣に座っているのも嫌だとばかりに腰を上げて、獄寺は手擦りに凭れかかった。
 山本にしてもマフィアの件に関してはいまだ理解の追いつかない部分が多いのは確かで。
 しかし大事な話だと判っていたのに『ごっこ遊び』と言ったのは失言だったと、山本は痛む腕を擦って素直に謝罪した。
「ごめん、今のは本当に悪かった…」
「…」
 まだ話の途中だと、煙草を吸う事でイライラを抑えながら獄寺は続けた。
「簡単に5年、10年なんて口にしてるけどよ…真面目な話、おまえはどこまで見通してオレを口説こうなんて考えたんだ?」
「?どこまでって…」
「はっきり言うぜ。おまえが野球やってる以上、もし、万が一にも、百歩譲って付き合うことになったとしても長くはもたねえよ」
 穏やかではない推測に山本の顔が曇る。
「…言ってる意味がわかんねえんだけど」
「ボンゴレの本部はイタリアだ、オレはいつか向こうへ帰る。そん時おまえは?日本か?アメリカか?…イタリアは野球とは無縁だぜ」
「…」
「野球捨てておまえも闇社会に入るってんなら話は別だけどな」
 冷静さを欠いた苛立ち混じりの言葉は辛辣で、山本が言い返さないのをいいことに徒に勢いを増していく。冷えた声に眉を顰めて、山本はゆっくりと立ち上がった。
「ま、部室でタバコ一本も吸えねえような甘チャンには到底無理な話―――、!」
 話の途中で伸びてきた大きな手が、獄寺の持っている煙草をピッと奪い取った。
「それで、何かの証明になんなら何本でも吸ってくるけど」

 獄寺から少し距離を置いて向かい合うように立ち、山本は煙草を口に咥えた。
 ジジ、と煙草の先の火種が一層赤く光った瞬間、事の重大さを思った獄寺は背筋がぞっとした。

「ば…っ、止めろ!!!」
 走り寄って煙草を手ごと掴んで強引に口から離させると、窓や建物の角などに人がいないのを一通り確認して獄寺は声を抑えながら咎めた。
「真性のバカだなてめぇは!」
「…げほっ、げほ」
 持っていた煙草が地面へと落ちる。口だけで吸ったつもりなのに煙を僅かに吸い込んでしまったようで、慣れぬ身体は大きく咳き込んだ。
「バレたらおまえの場合は停学だけじゃ済まねえだろうが!!」
 野球部の顧問は厳しい。それでなくとも授業をサボって喫煙など、退部にされて当然の行為だ。
「ハハ、獄寺に言われたくねーよな」
「…」
 獄寺は脱力した。呆れ果てたことで苛立ちから少し抜け出せたのか眉間の皺が薄くなる。掴まれた手がそのままなのに気づいて、(手に触んのは慣れてくれたんだよな)と山本は頬を緩めた。
「なぁ獄寺…何で今からそんなすげぇ先のことまで考えてんの?」
 獄寺からまたブチッと血管の切れる音が聞こえた気がした。(あ、しまった)と二度目の失言に冷や汗を掻く。当然、せっかく触れていた手も離れてしまった。
「テメェ…」
「いや、だってさ!獄寺の言ってることもわかっけど、実際にはどうなるかわかんねえだろ?」
「…」
「そん時までには俺らだって色々…考え方とか変わってると思うし、そしたらまた違う道が見えるかもしんねえじゃん」
 ハッ、と獄寺は挑発的に嗤った。
「なるようになる、か?…笑わせんなよおまえ、それで何もかもうまくやっていけんなら世の中誰も後悔なんてしねえんだよ!」
 …後悔?と一瞬目を丸くした山本は、「なんだ、そういうことだったのか…」と小さく零して、真剣な顔で獄寺の手をぎゅっと握った。
「後悔って…獄寺、俺、後悔なんてさせねえよ!おまえのこと一生大事にするから!」
 微妙に話が脱線して獄寺の目が半眼になる。
「オイ、論点ズラして話まとめてんじゃねえ」
「なんだかんだいって気も合うしさ、すげぇ楽しいし、俺らぜってぇうまくやってけるって!」
「てめぇは聞けよ、人の話をよ!千歩譲っても、先にデカイ問題もあるって言ってんだろうが!」
 一拍置いて、山本は大丈夫だと頷いた。
「獄寺、そこは愛とか若さとか、なんかそういうモンで乗りきるんだって」
「そんな行き当たりばったりに付き合えるか!!」
「ハハハ、ほら、息もぴったりじゃね?」
「バカか、オレは調子狂ってんだよ!!」
 握った手も乱暴に振り払われ、山本は口を引き垂れて唸った。
「ん〜…」
 こうして聞いてみれば返答自体は全く良いものには感じない。楽し気に笑っていた山本は一変してその笑みを弱くした。確かめるように、もう一度問いかける。

「でもさ、そうは言っても今は返事出せねえんだよな?」
「…」

 どんなに否定的なことを言っていても、そう言うと何も言わなくなる獄寺がいるのも事実で。大丈夫、まだ可能性はあるんだと山本は安堵の息を吐く。
「それって一応考えるだけの余地があるってことだろ?…俺はそれに賭けて頑張るからさ、とりあえず今は保留な?」
「―――…」

 対して獄寺は。
「…くそ、何なんだよてめぇは…マジで、調子狂う…」
 言い合って、殴って、ネガティブに返しても。最後には山本の前向きなペースに丸め込まれている現状に参るしかなかった。

「大丈夫だって獄寺、すぐに慣れっからさ!…あ、そうだコレ」
 場の空気を戻すのにもちょうど良いと、山本は持ってきた小さな箱を取り出してニヤリと笑った。TVなどでも良く使われている定番の柄をしたトランプだ。
「一昨日のスピード勝負の続きしようぜ!ドローのまま終わっちまっただろ?」
「…」
 チャイムが鳴るまでまだまだ時間はあって、気まずさも消してくれるような抵抗のない過ごし方が目の前にある。
 尾を引いてまだ少し顔を顰めていた獄寺だったが、しばらくの間トランプをじっと見詰め、やがて溜め息を吐きながら小さく頷いた。
「…いいぜ」
「よっし!じゃあ、そこでやろうぜ!」
 二人で非常階段の踊り場まで上がり、箱から出したトランプを素早く赤と黒に分けていく。
「なぁ、俺が勝ったら今日うちにメシ作りに来てくんね?」
「おまえもしつけぇな…」
「そりゃあ、相手は獄寺だし」
 そう言って山本は何を今更、といった顔をする。今までもそうやって釣れない獄寺に近づいてきたじゃないかと。それを身を持って知る獄寺も成程と頷いた。
「…わかった、おまえがオレに一勝もさせなかったら行ってやるよ」
 悪条件に山本が苦い顔をした。
「それはキビシイな…、つーか無理じゃね?」
「いやに弱気じゃねえか」
「だって獄寺強えじゃん。それにもし俺が勝ち続けても、自分が勝つまでやるだろ?」
 自分と一緒で、負けず嫌いは筋金入りだ。それを知って且つ、そこに惚れた弱みが加われば、その条件をクリアするのはもはや不可能だろう。

「…それもそうだな」
 そう言って、ふっと獄寺の目元が和らいだ。
「まぁ、その前にオレが負け続けるなんて有り得ねえしな」

(お、笑った…)
 少し調子を取り戻して穏やかさを帯びた獄寺の表情に自然と頬が緩む。山本は久しぶりに獄寺が自分に向かって笑んだ顔を見た気がした。



(2008/3/30 up)


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