あ、と発して獄寺は開眼した。
「おまえ、それ…」
 山本も弱った顔で笑う。
「さすがに俺も、どうしようか迷ったんだけどさ」
 気恥ずかしそうにしていたのも良くわかる。実用的過ぎるうえに、凡そ14歳の少年へのプレゼントとは思えない。ぽすっ、とベッドの上に箱が置かれる。大きな箱には銀色に輝くそれの写真が載せられ、『Pressure cooker』と記されていた。
「あげるならやっぱ欲しいモンあげたいし、絶対これしかねえって思って!」
 力強く言いきられてしまって、貰ったこっちまで気恥ずかしくなってしまう。
(欲しそうに見てたって、良く見てたなそんなとこ…)
 ずっと、そうして見られていたのだと、改めて知って頬の熱が上がった。

 一ヶ月の修行のせいか、山本親子には料理のイメージが強く定着してしまったらしい。
 以前にも剛からは包丁を手渡され。
 そして山本からは ――― 圧力鍋。

(オレは主婦か)
 ツッコミたくもなってしまう。

 確かにTVで目にした時に、あれば便利そうだなとは思ったのだ。けれど色々と調べた結果、手入れが少し面倒そうでなかなか手が伸びなかった。
(そうだこれ…結構高いんじゃねえのか?)
 ふと思い出して青ざめたが、これしかないと思って選んでくれたのだ、気になっても値段に触れるのは些か野暮だろう。自分では買おうとは思わなかったけれど、貰ったなら確かに、かなり嬉しいものに違いはなかった。
(最近はあんまし作ってなかったなんて、言えねえな)
 そう思うと少し、後ろめたい気もしたけれど。

「ま…、まぁまぁやるじゃねえか!」

 少し赤い顔で、獄寺は山本に対する最大の賛辞を口にした。箱に触れ、トントンと指で叩いてさらに言葉を継ぐ。
「ありがとよ…大事に、使わせて貰うぜ」
「ああ!」
 イタリア土産のワインの時にはそれどころではなかったから、今回は山本もサプライズが成功して相当嬉しいようだった。貰った本人以上に嬉しそうな、幸せそうな顔をしている。

(単純だな、こいつも……オレも)

 こうしてまた、コートのボタンを一つ外してしまうのか。
 嬉しいと思うのはそれをくれたのが山本だからだろう。帰ったら何かを作ってみたいと、そう思えたのは久しぶりだった。




*****




 数日後。
 キッチンの隅には箱が2つ、転がっていた。一つは包丁が入っていた平たいもの、そしてもう一つは鍋が入っていた大きなもの。

 味のよく滲みこんだ豚のブロックが、箸で簡単に切れたのに獄寺は感動した。
(イッツ・ザ・ミラクル…)
 何せ初めて作ったものだから実感はあまりないのだが、本当なら3時間以上を掛けて作られるらしい豚の角煮が半分以下の時間で作れたことには間違いなかった。
 作ったことなどなくとも、たった十数分煮ただけで豚のブロックがこんなに柔らかくなる事がないことくらいは普通にわかる。
(画期的だ…やっぱすげぇ鍋だぜ)
 なぜ豚の角煮だったのかというと、付属で入っていたレシピ本のトップにこれを作ってみろとばかりに載っていたからだった。
 問題は味だ、と一口頬張って獄寺は低く唸った。脂っこくなく、臭みもなく、しつこくもなく、口に入れた豚がとても柔らかく溶けてくれる。そして絶妙に良い味付けだ。
(初めて作ったとは思えねぇ出来だな…天才じゃねえのオレ)
 つやの良い角煮を見つめて一人感心する。

 確かに鍋の力もあるだろう。
 だがその前に、フォークで入念に肉を突いたり、下茹でで臭みや余分な油をとったり等の下準備がしっかり成されていたからこそで。
 本の中の材料には記載されていなかったみりんを加えたり、それに合わせて水や醤油の量を調整したり、砂糖を控えて蜂蜜を加えてみたり等の味付けが至極抜群だったからこそで。

(まぁ、オレの腕ありきだからな…)
 ふっ、と獄寺は得意気に鼻を鳴らした。

 だが、そんな出来良く仕上がった料理にも、ただ一つ問題があった。
 鍋の中を覗き込むと、そこにはまだ肉塊がゴロゴロとたっぷり詰まっている。
(…誰がこんなに食うんだよ)
 作っている時から薄々感じてはいたけれど。気づいたときにはもう後戻りがきかなくて強行してしまったけれど。
(これ全部食ったらさすがに気分悪くなるな…つーか、嫌になるなこの料理が)

 参ったと、溜め息をついて考えた。

 美味く出来た料理が、一人では食べきれない程にある。
 ふっと頭に過ぎりそうになる人物を押し止めて、他に道はないかと探してみた。
(そうだ、10代目のお宅におすそ分けを…) 
 そう考えた直後、彼の家に居候している姉の存在を思い出して腹が痛くなった。綱吉の家は居候が多いのでもってこいなのだが如何せん、姉という大きな障害がある。
(…駄目だ、持って行けねえ)
 となると押し止めていた人物が顔を出してきて、ぐっと唇を噛む。

『なぁ、作りすぎた時とか呼んでくんねぇ?飛んでくし』

(呼ぶのか?あいつを?ここへ?)
 チラと目を遣るは携帯電話。時刻は夜の7時。向こうも夕食時だろうが、たぶん呼べば言葉通りに飛んで来るのだろう。

(…鍋の礼も、してねえし)
(入院中も、寿司とか持ってきてくれたし…)
(あいつが来てる間は、退屈しねぇで済んだし…)
(なんか、毎日来てたし)
(…鍋の中身も片付くし)
(……洗いモンも、しなくていいし)
(嫌じゃ、ねえし…)

 こんだけ理由があれば呼んでもいいんじゃないかと、携帯を手に取った。履歴を開いて山本の名前を出し、最後の一押しでまた躊躇う。

(けど、ここで呼んだら、あいつぜってぇ調子に乗るよな…)
(やっぱ呼ぶのはやめといたほうがいいか?)
(いや、でもじゃあ、この角煮どうすんだよ)
(…何日かに分けて食うとか?)
(でも、あいつには色々と礼もあるしな…)

 そうして悶々と考えて30分後 ――― 獄寺はようやく、思い切ってボタンを押した。

 3回目のコールで繋がって、こちらが声を発するより先に、受話口から山本の第一声が聞こえてきた。いつもの調子で嬉しそうに呼ぶ、自分の名だった。
「あの…話が、あんだけどよ…」
 事情を話してうちへ来いと口にしたとき、山本のテンションが急上昇したのが声だけで判ってしまった。


 ピーン、ポーン。
(早ッ!!)

 電話を切ってたった5分。間延びしたチャイムが山本の来訪を告げ、皿の準備もそのままに獄寺は玄関へと向かった。
「ちょっと待て、今開ける」
 声を掛けて、パチンと玄関の灯りを点けた。ドアノブに手を掛けながら覗き穴から一応の確認をする。はー、と深く息を吐いて、獄寺はゆっくりと鍵を開けた。
 完全に自分から歩み寄って、角煮を食わせてやると家に呼んで。今から一体どんな顔をして話せばよいのやらと困ってしまう。
(なんか、開けんのが怖ろしいな…)
 その予感は、違う意味で的中した。

 少し開けただけのドアが、外から強く引っ張られて吹き飛びそうな勢いで全開になる。
「獄寺!!」
「うわッ」
 飛び込んできた山本にがっちり捕らえられて数秒後、バタン、とドアが閉まった。

 全力で走ってきました!とばかりに、まだ鎮まらぬ呼吸に合わせて山本の肩が僅かに上下している。
「て…、てめぇ、ビックリすんだろうがッ!!」

 動揺と動悸が激しいあまりに、獄寺は抱きつかれていることに文句をいうのをすっかり忘れていた。
 当然の如く獄寺を抱き締め、山本はすりすりと銀髪に頬を寄せた。
「もー、だって俺、す……っ」
「…?」
 妙なところで言葉が途切れて、抱き締める腕にぎゅうっと力が籠もる。

「………っげぇ、嬉しい!」

 溜めに溜められた一言に(どんだけだよ…)と獄寺は顔を赤くした。パタパタと左右に振られる尻尾までが見えるようだ。そっと身体を離した山本が、両手を広げてさらに喜びをアピールする。
「ほんとスゲェの、信号が全部青に見えるって感じ!」
 そう言って子供のように頬を上気させている山本に、獄寺はぎょっとして呆れた。
「な…っ、おまえ、信号無視って来たんじゃねえだろうな!?」
「あーうん、大丈夫、ほんとに全部青だった!」

 はは、と笑う山本はそれはもう嬉しそうで。その顔を見て、何だかんだ言っていても結局は自分も嬉しいと感じている。
 今この瞬間が思うよりもずっと多幸感に溢れるものだと解ったから、遠い未来を考えてうだうだと悩んでいたのがバカみたいに思えて仕方なかった。
(自分で気づいただけ、まだマシか…)

 未来を思って今を制限し、倫理に縛られまともなフリをして。挙句、素直になれずに今まで、この瞬間を自ら放棄していた。
 それこそ本当の後悔に繋がるのだということを、獄寺はその日ようやく理解したのだった。



(2008/04/06 up)


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