「その前に!」
身体を起こした途端、計ったかのように掛けられた大きな声に獄寺はびくりとした。
獄寺の二の腕を掴んだ山本が、やや強引に細い身体を引き寄せる。ぎゅっと強く抱き竦めると、肩に顔を埋めてはぁー…っと深い溜め息を零した。
「やっと触れた…」
緑の目が戸惑いに揺れる。大きな声に驚いたせいもあって、どくどくと心臓がうるさい。
(い、いきなりだなコイツ)
告白の時もそうだったが、直前まで全くそれを感じさせないのは見事としか言い様がない。どうやらホッとしたのはただの早合点だったようだ。しかしこうなると治まったはずの心配が顔を出してくる。
背中を撫で、耳元の銀髪に鼻を埋めた山本が大きく深呼吸をした。
「はー、いー匂い…すげー久しぶりって感じ」
鼓動の高鳴りが、驚きから充足によるものへと移行していく。あまり先へ進まれると困るのは確かだったが、どうやら心の隅ではこのくらいのことは望んでいたらしい。久しぶりの体温と匂いに触れて満足気に背中へと回してしまう手の意味を考えれば、自分も相当飢えていたんだと解る。
「へ…、たった5日なのにな」
「…」
ばっと身体を離して、山本は驚いた顔で獄寺を見た。突然引き剥がされた方も何事かと困惑してしまう。
「な、なんだよ」
「へへ、なんでもねー!」
共感の声を聞けたのが相当嬉しかったのか、再び獄寺を抱き締めた山本がニヘっと破顔した。
「すっげぇ、会いたかった」
ただでさえ安らぎに包まれる中で、吐露された素直な声が身体を伝ってダイレクトに響けば警戒心だって簡単に解かれていく。
「も〜獄寺に触りたくって、マジで変になりそーでさ」
「…どんだけだよ」
「だってよー」
耳に掛かった呼吸と直で吹き込まれた言葉に、獄寺は思わず瞬きを忘れた。
「あんな後でいきなり会えなくなったら、そりゃキツイもんがあんだろ」
「…」
「獄寺は、ヘーキだった?」
また身体を離して獄寺の顔を覗き込んだ山本が、幾分、甘さを含んだ声で訊ねた。
(うわ…)
以前にも聞いたことのあるその声に気づいて、かぁ、と顔が熱くなる。他でもない、肌を合わせた時と同じ声だとすぐに解った。一瞬めまいがして、気恥ずかしくて堪らなくなった。むやみにそんな声を出すな!と胸倉を掴みたくなってくる。
(つーか、んなことを、なんで聞く)
文句が出るのは問われても言葉に詰まって困るからだ。そして、やはり恋愛をするに向いていないのだと改めて感じてしまう。
山本の欲しい言葉は解っていて、期待通りの気持ちを持っているのも確かで、だけど…自分は肝心の言葉を素直に伝えられるような性格ではないから。
(くそ、面倒くせえ)
それは恋愛に対してか、それとも自分の性格に対して言ったのか。もしかしたらその両方への言葉だったのかもしれないけれど。
山本のようにはとてもなれない。言葉よりも、態度で示すほうがどれだけ楽なことだろう。
「そんなもん…聞かなくても解れ」
グっと山本の胸倉を掴んで引き寄せ、獄寺は赤い顔でそれだけを言い放った。
距離を縮め、口付けようと唇を寄せる途中で、言葉を寄越そうとはしない獄寺に山本は苦笑いをした。
「やっぱダメか、『オレも寂しかった』とか言って欲しかったんだけどなー」
「おまえ…オレがそんなこと言うと思ってんのか」
唇を触れ合わせる直前、ほんの数センチの距離を残して半眼になった獄寺に山本は眉を下げた。
「はは、だよな!…けど、そういうとこも大好きだぜ」
「…そーかよ」
優しい笑顔を添えた告白がじんわりと胸を打つ。返答に少し安堵して、獄寺はゆっくりと目の前の唇を塞いだ。
久しぶりの温かい熱に睫毛を伏せ、触れるだけのキスを繰り返して柔らかな感触を確かめていく。
「…―――」
触れるだけに抑えようとしても、しっとりと濡れた唇の感触は次を誘って止まらない。顎に親指を滑らせて山本が口を開くよう促せば、獄寺も拒むことは出来なかった。
歯列を割って入り込んだ舌の感触に息を呑む。そして少し舌を絡め合っただけで、キス以下で止めておけるラインをどうやら超えてしまったらしいことに獄寺は気づいた。互いの唾液が奏でる水音が、情事を誘って熱が一気に上がってしまう。
「な、獄寺…」
見れば、黒茶色の瞳にもすっかり熱が滲んでいる。
「…もうちょっと、触っていい?」
スル、と大きな手が腹へと滑り込んで獄寺はギクリとした。
「ま、まて!」
「?」
理性半分で手を掴んで止めてみたものの、熱の回った頭は全く働いてくれなくて獄寺は焦った。何と言ったらいいのか、ただ山本の目を見つめて困惑した顔で黙り込んでしまう。
「…嫌なら、止めっけど」
気まずさを押し隠して何とか笑みを作りながら、山本が腹に触れた手を引き抜いた。ハッとした獄寺が、今度は逆の意味でその手を掴んで引き止める。
「こ…この間と…同じで、いいんなら」
自分の言動に驚きを隠せなかった。
「この間と同じ?」
「だから…擦って抜くだけでいいんなら…オレも、別に…嫌ってわけじゃ…」
―――キス以下で治まってくれるならそれに越したことはない?
獄寺は解ってしまった。
嘘だったのだ、自分の心をも欺いていたほどの。そんなことは全て嘘で、本音はここにあった。
(信じ、らんねぇ…)
抵抗はあまり感じなかったし、悪くなかった。だから別に、嫌じゃない。
そんな言葉でどれだけ濁しても、本音はこうして引き止めてしまうほど良かったんだと…どうやらそういうことらしい。
(シたかったのは…オレの方、かよ…)
本音を映した真っ赤な顔を見てしまえばもう躊躇う必要はない。山本の表情がぱあっと明るくなった。
「じゃあそれで!!」
「うわ!」
やはり当然のようにガバッと押し倒されてしまうのに一抹の不安を覚えてしまうが、エンドラインは告げているから大丈夫だろうと、獄寺はこれ以上水を差すのは止めた。
「あ…カーテン閉めた方がいいよな?」
明かりを点けているだけに外からは丸見えの状態になっている。しかし「別にいい」とソファから下りようとする山本の腕を掴んで引き止め、獄寺は視線で窓の外を指した。
「…誰が見るっつーんだよ、ここ何階だと思ってんだ」
そんなことよりも優先すべきは場の流れの方だ。変に間を空けると空気が壊れてしまう。
リビングの窓の方向にあるのは民家が大半で、ここよりも低い建物ばかりだ。中を見られてしまうような大きな建物は他に見当たらない。確かに問題はないようだ。
「それもそーだよな」
それなら、と山本も納得して続きを再開する。
再び深い口付けを交わして遠慮なく熱を上げていく。シャツを捲られ、脇腹や胸に大きな手が這うと、ぞくりとして獄寺は身体を竦ませた。
―――コンコン。
頬、耳の下、首筋へとキスが移って、ベルトが外される。ズボンの中へと入り込んだ山本の手が、獄寺の熱くなったものを掴んだ。大きな手が濡れた先端を弄りながら緩い力で擦り始めると、獄寺の呼吸が少し乱れ始めた。
首筋の皮膚が柔く吸われ、舌が這う。「シャワー、浴びてねえぞ…」と忠告したものの、山本からはすぐに「気にしねえ」と返ってきた。
―――コンコン。
二人は夢中で気づかない。ちゅ、と耳に口付けて山本が囁く。
「窮屈だろ…、脱げよ獄寺」
「あ…、ああ」
脱がせようとする山本に合わせて少し腰を浮かせる。しかし、ズルっと尻の半分までずらされたところで―――それは起きた。
カラカラカラカラカラ…
「ちょっとごめんなー?」
「「ぉわあああああああッ!?」」
突然ベランダから入ってきた不法侵入者に二人は揃って絶叫した。
「あはははは、いいとこ邪魔しちゃってほんとにごめんな!ちょっと緊急でなぁ…一応ノックはしたんだが全然気づいてくれないし」
怪しさだけは満点なのに不思議と危険性を感じないせいか、ばくばくと暴れる心臓を押さえて二人はただ唖然としてしまう。
「つーか、なんでベランダから…」
山本の尤もなツッコミに侵入者はカラリと笑って応えた。
「ああ、こっちのが早かったんだ」
「そ、そうっスか」
ライトつきのヘルメットに作業服。顎ヒゲが特徴的なその男は獄寺には大いに見覚えがあった。慌ててズボンを履き直しながら、獄寺は修行初日の出来事を鮮明に思い出していた。
「こっ、こ、こないだのオッサン…!?」
「え、獄寺知ってんの?」
「久しぶりだなぁ少年」
一度とならず二度までも。初めて会った日、穴に落ちて命拾いをした時は偶然だと思ったが今回は違うだろう…いや、改めて思い出してみれば一度目の出会いも本当に偶然だったのかどうか怪しいものだ。
そして、獄寺の頭の中で弾き出された結論は―――
「ストーカーだったのかテメェエエッ!!!」
身の危険を感じてブチッと何かが切れた。何せベランダからいきなり入ってくるような男なのだ。バッと一瞬で、両手にダイナマイトが装備される。
「ちょ、獄寺、落ち着けって」
「アホか落ち着けるかッ!!」
「聞け獄寺、山本」
「「!?」」
名前を呼ばれたことが二人の動きを止めた。うむ、と頷いて男は続ける。
「ヴァリアーが予定よりも早くハーフボンゴレリングを奪いに来た。すでに日本にも上陸しているようだ」
「な…?」
「お前達にはこれから雷の守護者の救援に向かって欲しい。先にツナに保護に向かわせているがお前達もすぐに向かってくれ」
綱吉の名前が出てきたことで獄寺の顔色が変わった。
「10代目が…!?」
「待ってくれ、雷の守護者って?つーか、オッサン誰なんだ?」
「雷の守護者はランボだ」
「なぁ!?アホ牛だと!?」
あまりの衝撃に獄寺の指からダイナマイトがこぼれ落ちる。
「おっと悪いが今は時間がなくてな!おじさん、もう次行かなきゃなんないから!」
ごめんな!と片手を添えて謝った後で、男は最後にシャー、シャー、とカーテンを左右に滑らせて言った。
「あと、これからイチャイチャするときはちゃんとカーテン閉めるようにな〜、5階だからって油断してちゃダメだぞう?いやーしかし今時のコは進んでるなー」
「「!!」」
ベランダの柵に足を掛けて上りながら、おじさんビックリしちゃったな〜、と言われて獄寺と山本は揃って顔を真っ赤にした。
「それじゃあ頼んだぞ!」
そうして最後に屈託のない笑顔を見せて、男はベランダからひょいと飛び降りてしまった。
「な!?ここ5階だぞ!?」
「お、オッサンッ!!」
慌ててベランダへと走って下を覗き込んだものの、どこにもいない。もう夜の闇に紛れてしまったのか、人影らしいものを見つけることは出来なかった。
一体何だったんだと、思わず呆然としてしまう。
「け、結局…何モンだったんだろうなあのオッサン?」
「…」
「獄寺?」
「…行くぞ山本、10代目が危険だ」
「へ?行くってどこへ?」
後を追って疑問を発しながらリビングへと戻ると、振り返った獄寺が眉を上げた。
「てめえはさっきの話を聞いてなかったのか!?」
すっかり熱も冷めた様子で乱れた服を整える獄寺の姿に、そんな…と、山本はガクリと膝を折った。
「マジで〜〜〜〜…?さっきすげぇいいとこだったのに…」
床に両手を付いて嘆く山本に、獄寺がダン!と足を踏み鳴らす。
「うっせぇ!うだうだ言ってねえで立て!」
(恨むぜオッサン…)
5日ぶりだったのにと、山本は心の中で涙した。
「オイ、早く来ねーと置いてくぞ!」
「…」
パチンとリビングの照明を消され、山本もゆるりと立って玄関へと向かう。…ツライ。このまま終わってしまうのはあまりに辛すぎる。
「待って獄寺、最後にチューさせて!」
「死ね!!」
「え、ちょ、何で怒ってんの!?俺何かした!?」
「うるせえ!おまえよかオレのが辛ぇんだよッ!!」
「あぁー」
それもそうだった、と山本は納得した。そしてさらに思い出す。獄寺はまだ晩メシを食っていないのだ。寸止めと空腹のダブルパンチでは、そりゃあイライラしても仕方がないだろう。
怒るかもしれないのを覚悟で、山本は靴を履く獄寺を後ろからぎゅうっと抱き締めた。さらに銀糸から覗く耳へと、そっと唇を寄せる。
「な、ランボの保護が済んだらうちでメシ食ってさ。俺の部屋で続きしようぜ?」
「―――…」
何も返してこないあたり、場所が変わってもどうやら異論はないらしい。見れば耳が真っ赤になっている。
気持ちが一致して胸にグンと込み上げてくるのは愛しさだ。そして、存在の凄さを改めて痛感する。くすぐったいような、こんな甘い気持ちを教えてくれるのは獄寺だけだ。
「決まり、だな!」
獄寺のムスッと拗ねたような表情が堪らなく可愛くて、山本は幸せに頬を緩ませた。
(2008/07/21 up)
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