その日も沢田家から「うわああああああああん!」という子供の豪快な泣き声が響き渡った。近所の人々は知っている。その後は必ずと言っていいほどボカーン!という不思議な爆発音が聞こえてくるのだ。
 しかしそれは日常茶飯時となっていたために、もはや沢田家の近所ではそれを一々気に掛けるものはいない。泣き喚くのはいつも同じで、その牛柄の服を着たアフロの子供は近所でもうざくて有名なのだ。

 獄寺と山本を呼んで勉強会を開いていた綱吉の部屋では、リボーンに返り討ちにあったランボが泣きながら10年バズーカを取り出そうとしていた。
 諦観して誰も止めるものがいないのも、いつものことだ。
「うわぁぁああ、リボーンなんかうんこー!!」
「アホ牛め、牧場へ帰れ」
 イラっとしたリボーンが10tハンマーに変化したレオンを握り締める。容赦なくフルスイングでそれをぶち当てると、バズーカを手にしたアフロの子供が開いた窓から勢いよく弾き出された。
「ら、ランボ!!」
 ぐっぴゃあああーと奇声を発しながら、空高く大きな弧を描いてランボがぶっ飛ばされていく。その最中、引き金に掛かった小さな指が弾みで、バズーカを発射した。
 いつもなら自分に向けられるはずのバズーカの砲弾は、今しがた飛び出した窓に向かって真っ直ぐに突き進んでいく。

 そして―――
 危ない!という綱吉の声も虚しく、誤射された10年バズーカに運悪く当たってしまった人物がいた。




 マイリトルダーリン




 もくもくと立ち込める白煙の中心に全員の視線が集まった。10年バズーカは、弾を受けると5分間だけ10年後の自分と入れ代ってしまう不思議な代物だ。つまり今、そこにいるのはその者の10年後の姿というわけだ。
 綱吉は息を呑んで刮目した。しかし、煙の薄くなった視線の先には人影もなくて「あれ?」と目を瞬かせる。

「下だ、ダメツナ」
 すぐにそれを見つけられたのは視線の近い赤ん坊だけだった。

「あ、なっちゃんがいなくなった!」
 変声期を逆戻りした高いボーイ・ソプラノが聞こえ、視線を落としたと同時に綱吉は「ええええええ!?」と叫んだ。

 園児達がよく着ているブルーのスモックに半ズボン。山吹色のカラー帽がちゃんと被られずに首の後ろへと下げられている。露になっているサラサラとした短髪の色は黒だ。スモックにはチューリップを模った赤い名札がついていて、平仮名で『やまもとたけし』と書かれている。
「…あれ?ここどこー?」
 子供用のスコップを握り締めて立ち上がったのは、小さな山本だった。幼子となった山本はあどけなくて何とも可愛らしい。
 言葉を失って驚いた顔でじっと見つめてくる銀髪の少年に気づいた幼児は、イタリアの血を引くその面立ちを目に、物珍しそうに獄寺を見つめ返した。
「何で!?10年後の山本じゃないの!?」
「また壊れたんだろ。さっきオレのハンマーにちょっと当たったからな」
「人事みたいに言うなよ!」
「何言ってんだツナ、人事じゃねーか」
「おまえなぁ!」
 言い合いの中、驚きのあまりに閉口していた獄寺がふと思い出して零した。
「そういやオレも前に、バズーカでガキのサイズになったことがありましたね」
「ここ、どこー?」
 小さな山本が不安そうに眉を下げて訊ねてくるのに、獄寺は少し弱った顔をする。
「…つっても、オレの時とはちょっと違うみたいっスけど」
「うん、何ていうかほんとに幼くなっちゃったっていうか…オレ達のこともわかってないみたいだし」
 綱吉は膝を折って小さな山本と視線を合わせた。澄んだ黒茶色の瞳がじっと綱吉を見つめる。
「ごめんね、ここオレの部屋なんだ…ええと、あの…キミ、今いくつかな?」
 ちっちゃな手を広げて親指だけを曲げたのを確認すると、小さな山本はめいっぱいに腕を伸ばして綱吉に示してみせた。
「よっつ」
 やっぱり、と綱吉は絨毯に両手をついた。なんて壊れ方をしてくれたのか、10年後ではなく10年前と入れ替わってしまったようだ。
「4歳…きっちり10年前の山本だ」
「なんというか、見るからにアホガキですね」
 よもや4歳にして運命を感じているわけではないだろうが、異国の人が余程気になるのか、小さな山本の視線はすぐに獄寺のほうへと向かう。見上げると、自然と口が開くから獄寺には余計にそう見えるらしい。
「適当に遊んでやれよ。5分経ったら戻んだろ」
「そうっスね」
 簡単に話が纏まる中、綱吉だけが胸に嫌な予感を抱いていた。

「な、なんでかな…そんな気がしないんだよな…」
 そして綱吉の超直感は見事に当たることとなる。


 5分後。


「だーかーらー、ここはオメーの10年後の未来なんだよ」
「???」
 どれだけ説明しても頭の上に?マークをいっぱい浮かべる幼児に、獄寺は「はー…」と溜め息を吐いた。
「ちくしょう…バカに拍車が掛かってやがる」
「いや、4歳だしさ、しょうがないんじゃないかな」
 綱吉からすれば理解しろというほうが無理な話だ。
「ていうか、もう余裕で5分は経ったと思うんだけど」
「戻らないみたいっスね…オレの時は3日くらい戻りませんでしたが」
 ぽすぽすと小さな山本の頭を軽く叩きながら、獄寺がどこか遠い目で零す。恐ろしい事実を聞いて綱吉は青ざめた。
「…どうしよう」
「めんどくせーことになったな」
「リボーン!元はといえばおまえのせいなんだぞ!!どーすんだよ山本がこんなことになって!」
「どうしようもねえだろ」
「って、オイ!」
 びしっと突っ込んだものの、綱吉もどうすればよいのやらわからない。最後の頼みとばかりに獄寺のほうを見たものの、獄寺も期待には応えられず苦い顔をした。
「オレの時も、手の施しようがなかったのは確かっス…」
「ま、なるようになるしかねえってことだ」
 我関せずなリボーンの一言で放置が決定してしまった。はぁ〜、と大きな溜め息を吐いて綱吉は頭を抱える。今日中に戻りそうになければ山本の父親になんと説明すればよいのか、思いあぐねてしまう。
 小さな山本はやはり運命を感じているのか、見目良い銀髪の外国人が余程気になるらしい。まじまじと緑の瞳を見つめては、獄寺に「てめぇさっきから何見てんだコラ」とデコピンをされている。
「あの、とりあえずさっきからすごい気になってたんだけど…山本、土足なんだよね…」
 手に持ったスコップからして砂場で遊んでいたのかもしれない。よく見ると小さな靴には細かい砂がついている。
「山本〜、靴履いたままなんだけどさ」
 しかし後ろから声を掛けても、小さな山本は綱吉のほうを見ようともしない。
「こら、オメーだよ野球バカ」
「?」
 鈍い反応に綱吉はピンときた。
「…たけし君」
「なに?」
 くるりと振り向いた幼児を見れば綱吉の勘は当たっていたようだ。
「やっぱりだ、『山本』って呼ばれ慣れてないんだよ」
「なるほど、さすがは10代目…」
 たったあれだけの流れで解ってしまわれるとは…と獄寺が甚く感心する。幼少の頃は苗字で呼ばれることも少ないだろう。小さな山本も例外ではないのだ。
「悪いけど、靴脱いでもらっていいかな?」
「うん」
 ぺたりと座り込んで、小さな山本は言われた通りにまどろっこしい手つきで靴を脱ぎ始めた。
「…ツナ、アホ牛が戻って来ねーうちに山本を他所に移したほうがいいぞ。自分より小せぇヤツ見たら急に親分ヅラしてうぜぇからな」
(目に浮かぶー!)
 リボーンの助言を聞いて綱吉はひどく納得した。獄寺の時とはワケが違う。身も心も4歳児の山本はちゃんと守ってあげなければならない。
「けど、他所に移すって言ってもどこに…いつ元に戻るかもわかんないのに」
「それなら心配するな」
 リボーンは銀髪の少年を見上げた。
「獄寺」
「はい?」
「しばらくおまえの家で面倒見てやれ」
「ちょっ、なに獄寺君に押し付けてんだよッ!!」
 非難する綱吉の声も無視して、リボーンが決定的な台詞を放つ。
「部下の面倒を見るのは右腕として当然の仕事だぞ」
「ま、またおまえはそんなテキトーなこと言って…!そんなこと言ったら獄寺君が」


「おまかせください10代目…ッ!!!!!オレ、コイツの面倒しっかり見てみせます!!」


 右腕の仕事、と聞いて獄寺の顔がぱあっと輝いた。やっぱり…と呟いて綱吉がガクリと両手をつく。
「こうなるって…わかってて言ったんだろリボーン…」
「いいじゃねえか。どうせこいつら付き合ってんだ、山本だって獄寺と一緒の方がいいだろ」
「ちょ、リボーンさん、そんな大っぴらに…!」
 本人達は一応隠しているつもりらしいが、その事実はすでに周囲にダダ漏れだ。友人達の交際を知って初めは狼狽を隠せなかった綱吉だが、いつもと変わらぬ二人の態度に次第に心を解されて今やすっかり慣れてしまった。
(…そりゃあ、そうかもしれないけど)
 何かうまく丸め込まれた気がする、と綱吉は渋い顔をした。
「行け獄寺、ツナの勉強はオレが見といてやる」
「え"!?」
 リボーンの教え方は容赦がなくてかなり厳しい。心底嫌だと思っても綱吉は口には出せなかった。出したが最後、思いきりシメられてしまうからだ。
「わかりました!では10代目、アホ牛が帰って来ねぇうちにオレはこれで…」
 勉強道具を片付けて二人分の鞄を持った獄寺は、さらに脱がれたばかりの小さな靴を持って部屋の出口へと向かった。
「オイ、行くぞ山も…じゃねえ、『タケシ』の方がいいんだったな?ついて来いタケシ」
 呼ばれても、その場に座り込んだまま動かない幼児は、困った顔で首を傾げて「…とーちゃんが」と言った。
「あン?」
「しらないひとには、ついてっちゃダメだって」
(おお、エライ…!)
 スコップで絨毯を突きながら小さく零された言葉に、綱吉も感心して頷く。
「チッ、…しょうがねえな」
 連れて行くには心を開くところから始めなければならないらしい。めんどくせぇとばかりに溜め息を吐いて小さな山本の前に座った獄寺は、鞄の中からノートとペンケースを取り出した。
 白紙のページを開いて黒ペンのキャップを外し、平仮名で大きく自分の名前を書き始める。
「いいか?オレの名前はゴクデラハヤトだ…―――オラ、読めるか?」
「…」
 沈黙してしまった幼児に、トン、トンと一文字ずつペンで指しながら読み方を教えていく。
「ご、く、で、ら、だ」
「…ごーくー…でー、ら」
 後を追って小さな指で辿りながら文字を読み上げた幼児に頷いて、獄寺はわしわしと頭を撫でてしっかりと褒めてやった。
「そうだ。ちゃんと読めたじゃねえか、エライぜ」
「へへー」
 すると小さな山本はここへ来て初めて、持ち前の人懐っこい笑顔を見せた。
 友人の意外な一面を目にして、綱吉が心の中で(へぇー)と感嘆の声を漏らす。ランボの扱いが酷いのもあって獄寺は子供嫌いだとばかり思っていたが、まともな応対も出来るのだ。もしかすると相手が小さくなった恋人だったからかもしれないが。
「よし、これでもう知らねえ人じゃねえだろ?遊んでやるからオレについて来い」
「うん!」

(チョロ過ぎるだろ山本)

 今のやり取りだけで心の窓は全開になったらしい。
「では10代目、山本のマヌケは右腕のオレに任せて、10代目はどうぞリボーンさんと宿題を!」
「う、うん…よろしく」

 ばいばい、と手を振る小さな山本が獄寺と共にドアの向こうへと消えていく。
(だ、大丈夫かな…)
 笑顔で手を振りながらも、綱吉は不安でいっぱいだった。



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(2008/05/18 up)