肉汁が溢れてジューシーなところへ大葉と大根おろしのさっぱり感と、きのこのソースとが絶妙に絡み合って口の中が至福と化している。「ん〜」と幸せそうに唸って、山本は訴えるように箸を握り締めた。
「これ、マジですげぇ美味い…!!」
「こんなぐらいで唸ってんじゃねえよ」
 そうは言っても獄寺の表情はどこか得意気で嬉しそうだ。『美味しい』の一言で報われることだから、山本の素直な反応にとても満足な顔をしている。
 今日の夕食は和風おろしハンバーグだった。家で食べるおろしポン酢とはまた違う、しめじ入りでとろみのあるソースはほんのり甘口に仕上がっていて本当に美味い。父親も、獄寺は味付けのセンスがすごく良いと言っていた。
「ごくでらはどんどんレベルアップしてくよなぁ」
 もぐもぐと山本は至福を噛み締めた。
 獄寺は努力家で研究熱心だ。陰での努力も然ることながら、キッチンには料理研究ノートなるものがあるのも知っている。自宅で調理中に眼鏡を装備しているのは要所でメモを取ったりするからだ。
 今も作ったポテトサラダを口にして「やっぱ玉葱は要るな」と真剣な顔で呟いている。
「あぁ、入ってるとシャキシャキして美味いよな」
「明太子も混ぜてみたかったんだけどよ…買うの忘れたんだよな」
「明太子?」
「美味いらしいぜ。まぁ、また今度な」
「おー!すげぇ楽しみ」
 獄寺の口から『買う』と聞いたからか、剛の言った言葉が頭を過ぎった。食事時に訊くのもどうなんだと思ったが、一度タイミングを逃すと聞きにくくなってしまう。オヤジからの話もあるし、と山本はゆるりと切り出した。
「あの、さ…ちょっと気になったんだけど、獄寺って生活費とかってどうしてんの?」
「生活費?何だ、藪から棒に」
 獄寺が訝しげに片眉を上げる。やっぱり不躾だったよな、と山本は苦笑いをした。
「あ、言いたくなかったらいいんだけどさ…晩メシ、いつも俺の分まで作ってくれてんじゃん。だからその…材料買うのとか大変なんじゃねえかって…俺、そういうの全然考えたことなかったから」
「…」
 山本を見つめ、箸の先を咥えたまま少し考えていた獄寺はやがて小さく息を吐いた。
「ボンゴレから支給されてんだよ。イタリアでスカウトされてからずっと、こっちに来ても暮らしてけるだけの金を貰ってる。おまえ一人ぐらい食費が増えたって十分余ってるくらいだぜ」
「…そうなのか」
 どういう事なのかいまいち理解できなかった山本だったが、とりあえず、ちゃんと収入源があるらしいことだけはわかった。獄寺がさらに付け加える。
「あとは株だな…」
「株!?」
(すげぇ…っていうか、意外とおっさんみたいなことしてんのな)
 まぁそれはただの偏見かもしれないが。
 獄寺は部活にも入ってない上に補習などにも縁が無く、割と時間を持て余しているようだったから暇なときは一体何をしてるんだろうと常々思っていた。自分が野球をしているとき、獄寺は煙草を咥えて自室のパソコンと渋い顔でにらめっこをしたりしてるのだろうか。そう思うと今まで知らなかった日常の一つが見えてくるようで面白かった。
「で?それがどうした」
「あ、ああ、メシなんだけど…こう毎日だと材料費もバカにならねえしってオヤジが心配しててさ。だから、良かったらまたうちで作ってくんねぇかって言ってんだよな。なんか息子がメシ食わせてもらってんのが申し訳ねえって」
 出し抜けに始まった山本の話にも合点が行って「なるほどな」と獄寺は瞼を伏せた。
「いつ言われっかと思ってた」
「え?」
「さすがに、あんまいい顔はされてねぇだろうなとは思ってたからよ」
「え、いや」
 そうじゃないんだと、山本は慌てて首を振った。
「オヤジは別にそんな嫌な感じで言ってねえよ?!ほんとに言葉通りっつーか、純粋に心配してくれてんだよ…あと、獄寺の顔が見たいからまた近いうちに来てくれって」
「親父さんが?」
 少し視線を上げた獄寺へ安心させるように一つ頷き、山本が明るい笑みを見せる。
「俺が毎朝惚気っから元気にしてんのはわかんだけどさ、やっぱりちゃんと顔が見てぇんだって」

 そう言い放った後、一瞬で獄寺の周囲の空気が凍りついた。
 メキッと嫌な音がしたので目を遣れば、何故か獄寺の手に持っている箸が折れている。

「…おまえ、毎朝親父さんに…オレの話して『惚気』てんのか…?」
「うん、なんで?」

 オヤジも嬉しそうに聞いてくれてるぜ、と続く予定だった言葉は、豪快に頭を叩いたスリッパによって完全に掻き消されてしまった。



*****



「―――…おっし、終了!」
 水道の蛇口を下げて、濡れた手をタオルで拭う。役目を終えた山本が、すっきりと片付いたキッチンを眺めた。
 洗ったフライパンや皿なども水気を拭って片付けたし、コーナーの生ゴミも捨てた。レンジ回りやシンクなどもキレイに拭いたし、完璧だ。
(獄寺はもう終わったよな…?俺も歯磨きしにいこう)
 ここへ来て間もなくして始まった習慣。山本が洗い物をしている間に獄寺が洗面所を使い、終わったら次は山本が使う、というのがお決まりとなっていた。
 一緒にいるとその人の習慣がうつるのは良くあることで、山本の食後すぐの歯磨きはまさにそれだった。山本は以前、夜はいつも寝る前に磨いていたのだが、獄寺の家で夕食を食べるようになってから、彼が食後すぐに歯磨きをしにいくのを見て(偉いなぁ)と感心して以来、見習って真似をするようになったのだ。
 幼い頃からの習慣の賜物だろう、獄寺は虫歯になったことがないという。
 料理修行中に山本の家で夕食を食べていた時にも、獄寺は食後には必ずキシリトールのガムを噛んでいた。学校の昼食後でも『10代目もおひとつどーっスか?』などと綱吉によく訊いている。思えば、あれは一時凌ぎに噛んでいるのだと分かる。
(俺なんか虫歯と同時におたふくかぜに罹って死にかけたことあったもんなー)
 あれは乳歯だったから残らずに済んだけど。辛い思いをしてからは虫歯にならないようにと関心を持つようにはなったが、それでもまだまだだった。
(いい影響もらったよな)
 もちろん歯磨きだけでなく、キシリトールガムの影響もしっかりもらった。好きな子の影響を受けるというのはとても嬉しい。
 リビングを覗いてみると獄寺は一人でTVゲームをしている。今やっているのは獄寺が夏に買ったサバイバルホラーのゲームで、『度胸試しに!』というポップに乗せられて買ったものの、想像以上の怖さとエグさに開始して10分もしないうちに止めてしまっていたものだった。どうして今それをまたやり始めているのかというと、その話を聞いた山本が『獄寺って意外にビビリなのなー』とうっかり言ってしまったからだ。
 チキンではない証拠を見せるために始めたものの、ゲーム中に大きな音と共にクリーチャーが飛び出してきた時など思いきりビビッてテンパっているので、山本は何度腹を抱えたかわからない。何だかんだ言って山本がいる時にしか話を進めないのも可愛くて堪らなかった。
 そっと背後に近づいてワッと脅かすように大きな声で訊ねる。
「話はまだ進めてないよな!?」
 ビクッと細い肩が少し揺れて、獄寺はすぐに眉を上げた。
「い、いきなり話掛けんなテメェ!まだ先には進めてねえよ、さっさと歯磨いてこい!」
「ははっ」

 しかし、この先は(可愛いなー)などとからかって遊んでいる場合ではないのだと洗面所に行きながら考える。
 獄寺には大事なことを聞かなくてはならないのだ。

 洗面台には歯ブラシが2本、コップも2つある。一人暮らしなら身内の目などを気にすることはないだろうと、以前に遠慮なく『置かせて』と歯磨き一式をドーンと持ってきた。こうして洗面台だけを見れば、まるで同棲でもしているかのような錯覚を味わえてしまう。
(…こっからが勝負だぜ、俺)
 念入りに歯を磨きながら山本は悶々と考えた。獄寺がそうするから自分も合わせて普段通りの顔をしていたが、頭の中は試合前にされたキスの事でいっぱいなのだ。
 何よりも彼の気持ちが欲しい今、あんなキスをされて黙っていられるわけがない。何より獄寺は。
(俺の気持ち解ってて、したんだもんな…)
 日々ここへ通うようになったのも、きっかけは他でもない獄寺だった。自惚れでも、現状を考えれば悪い答えが返ってくるような気がしないのも確かで。
 しっかりと磨いた後、口を漱いで歯磨きを終える。よし、と気合を入れて山本はリビングへと戻った。



 目の前には、ソファを背凭れにTVの前に座る獄寺の姿。
 どうやって切り出そうかと考えて、やはりストレートに行くのが一番だろうと彼の傍へ歩み寄った。横に立ってゆっくりと一つ、深呼吸をする。
「ハイ」
 いきなり、学校の授業でするように山本は挙手をした。
「何事も無かったかのような顔してる獄寺君に、一つ質問があるんスけど」
 ぎくりと、獄寺が動きを止めたのはホラーゲームのせいではない。
「…却下だ」
「まだ何も言ってねえじゃん」
「言うな、まだ」
 一瞬で硬くなった表情。それを見て、山本は逆に安堵した。
「やっぱり、全然意識してねえってわけじゃねえのな」
「…」
 キスをしたのは今日のことだ。よほど忘れっぽい人間でもなければ意識しないわけがない。
 頬を赤く、気まずそうに口を噤んで、明らかに空気が変わる。あとは大事な話を始めるのに邪魔なものを取り除かなければならない。
 山本はすぐ傍へしゃがみ込むと、コントローラーのスタートボタンをポチっと押して『PAUSE』画面にした。
「なっ」
 続けてそれを取り上げ、ぺいっと放る。
「あ!」
 次にTVのリモコンを取って電源を切り―――
「てめ、何してんだ…って、おわッ」
 さらにリモコンを放って、獄寺へと抱きついた。

「…」
「俺…、獄寺の気持ちが聞きたい」

 突然の強引な抱擁と直球の質問に、獄寺が赤くなって唇を噛む。
「なんで、俺にキスしたの」
 長くて、意味深な沈黙が生まれた。それでも急かすことなく、山本は答えを待って抱き締め続ける。いつまででも待ち続けそうな空気に追い詰められ、逃げ場などどこにも無いとなればもはや観念するしかない。
 獄寺が小さく息を吐く。心の準備など、したところでいざという時には大抵、役に立たないのだ。


 ふわりと鼻を掠める柔らかい匂いに眉を下げて、獄寺は初めて、山本を抱き返した。
「………わかんだろ、もう…聞かなくても」


 背を掴む手にグンと愛しさが込み上げて胸がいっぱいになる。そこへ肩に頭を預けてくる感触が加われば、堪らなくなって、自然と抱き締める力が強くなった。
 もっとはっきりとした言葉が欲しくて山本はわからないフリをする。
「わかんねえよ俺、言ってくんねえと…」
 またしばらく言葉を詰まらせて、困った獄寺は睫毛を伏せて言った。
「オレは、おまえみたいに…言えねえんだよ」
 言葉に迷うということか、それとも単に恥ずかしくて言えないのか。たったの一言もくれない獄寺をいじわるだと思う反面、そんな獄寺が山本には愛しくて仕方なかった。
「それ、なんかすげぇ可愛くね?」
「…何とでも言えよ」
 挑発にも開き直られてしまえばもう引き出す術はない。抱擁を緩めて覗き込めば、自分と同じように赤くなった顔が見えて頬が緩む。
 目を奪うのは薄く、色良い唇。
 見つめたまま耳の後ろに指を滑り込ませると、驚いた獄寺が一瞬、身体を硬くしたけれど。
 近づいてくる顔にゆっくりと瞼を閉じて、獄寺は素直に口付けを受けた。

「―――…」
 温かくて気持ちがいい。好きな気持ちも相俟って、その柔らかさには感動してしまう。
 感触を味わうように、しっとりと水分を含んだ唇を幾度も包み込んで塞げば、それだけで熱が上がって堪らなかった。
(やばい)
 鼓動がおそろしく早い。ここで暴走のスイッチだけは何としても入れてはならないと、山本はもう一度、惜しむように触れるだけのキスをして獄寺を解放した。

 このまま、言葉を濁されたままでは終われない。彼の返事が知りたくて切り出した話なのだ。

「獄寺も…おんなじ気持ちだって…俺のことが好きなんだって、そう思っていいんだよな?」
 口にするのが苦手というのなら、せめてイエスかノーで答えてくれたらと。

 獄寺にとっても、それは有難い問いかけに違いなかった。
 切実な声、真剣な黒茶色の目に、熱の滲んだ瞳を向けて獄寺は躊躇いなく小さく頷いた。
「――― ああ」

 大嫌いだと突き放され、無視をされ、それでもめげずに追いかけた。
 立ち止まって、時に応えてくれるようになってからは、友情を超えた感情が芽生え始めて。
 恋情に戸惑って、己の想いと葛藤した。告ってフラれて、死にたくなって、それから ―――
 次々と頭を過ぎる苦難があるからこそ山本は感慨深思う。

(夢、見てるみてぇ)

 葛藤と我慢と不安に耐え、乗り越えてきた日々の結果が今、腕の中にある。
 両手で頬を包み込んでコツ、と額を合わせた。髪や頬に触れても、抱き締めても、キスをしても…獄寺はもう、拒むことも逃げることもしない。

「獄寺、好きだ…すげぇ好き」
「…」
 澄んだ緑の瞳に、眉尻を下げて幸せいっぱいに笑う少年の顔が映った。
「…俺、おまえのこと諦めねえで良かった」

 真っ直ぐな言葉と笑顔が、獄寺の心に届いて強く響く。自然と寄せられた唇に、獄寺もそっと再び目を閉じた。
 言葉に添えたような軽い口付けはすぐに離れようとしたが、それを引き止めてもう一度口付けたのは獄寺のほうだった。

「―――…山本」

 目元も熱く、羞恥に堪える真っ赤な顔が、ひどく弱ったように眉を寄せる。
 目を見ては言えないとばかりに山本の肩に頭を落として、獄寺は堪らず、といった声で絞り出すように零した。



「好きだ………、帰らないでくれ」
 山本のひたむきな恋情に、獄寺がおちた瞬間だった。



 口付けが遠慮を失った深いものへと変わって、互いが、互いの服を脱がそうと身体をまさぐっていく。合間に漏れる小さな水音に鼓膜を擽られれば、熱は情欲を帯びてさらに上がり続けた。
 シャツの中へと入った山本の手が背中へと滑ると、くすぐったさに獄寺が少し身を竦めた。
 自分の手よりも気持ち高い体温。すべらかな肌に触れていると、目を閉じたくなってしまうほど心地良い。最近は本当に肌寒くなっているから、余計にそう感じるのかもしれなかった。
 首筋に口付けて、手を胸にも滑らせる。左胸に手をあてがった時、山本はぴたりと動きを止めた。
「―――…」
 心音が手の平を伝ってしっかりと響いてくる。それが自分と全く同じリズムで…ああ、ほんとに同じ気持ちでいてくれてるんだな、と感じて胸が熱くなった。
 まともに感じ取られて気恥ずかしいのか、獄寺が胸の音を聞く手を剥がそうと山本の手を掴む。
 ひらめいた山本は、その手を掴み返してグッと自分の胸へと押し付けると、照れたように笑った。

「…俺も、おんなじ」

 押し付けた手の甲に伝う、強い鼓動。
 気持ちが一緒なら、思うことだってそうは変わらないはずだ。

 そして、山本のその考えは少なからず当たったのだろう。

「…ばぁか」
 そう言って、獄寺は今まで見せたこともないような優しい顔で微笑んだ。



(2008/04/24 up)


追加弾→


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